Column — コラム

なまこの歴史|古事記から現代まで続く日本の海鼠文化

2026年06月07日 瀬戸内なまこ屋
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「なまこ」は、日本人にとって古くからなじみのある海産物の一つです。しかし、その歴史をひもとくと、想像以上に奥深い文化的背景があることに気づかされます。

なまこは古事記にも登場し、江戸時代には中国との交易品として国を支える重要な輸出品でした。

現代においても、お正月の食卓や高級料亭で欠かせない存在として受け継がれています。

この記事では、古事記の神話から江戸時代の「俵物三品」、そして現代の食文化に至るまで、なまこと日本人の深いつながりを時代ごとにたどっていきます。

日本三大珍味としてのなまこの位置づけにも触れていますので、あわせてお読みいただくと、なまこの価値をより深く理解できるでしょう。

古事記に登場するなまこ|神話が語る「口なし」の由来

なまこの歴史をたどるうえで、最も古い文献とされるのが『古事記』(712年成立)です。

日本最古の歴史書であるこの書物に、なまこにまつわる印象的な神話が記されています。

天孫降臨の際、天照大神の使いであるアメノウズメノミコトが海の生き物たちに「天津神の御子に仕えるか」と問いかけました。

魚や貝たちが次々と忠誠を誓うなか、なまこだけは何も答えなかったのです。

怒ったアメノウズメは、小刀でなまこの口を切り裂いたと伝えられています。

この神話は、なまこの口が裂けたように見える独特な形状の由来譚(ゆらいたん)として語り継がれてきました。

漢字で「海鼠(うみのねずみ)」と書くのも、海底をゆっくりと動く姿がねずみを連想させたためと考えられています。

神話に名前が登場するということは、少なくとも8世紀以前から日本人がなまこを認識し、食用やその他の用途で利用していたことを示唆しています。

現在の愛媛県や広島県を含む瀬戸内海沿岸は、古代から漁業が盛んな地域であり、なまこも日常的に漁獲されていた可能性が高いと考えられています。

中世から戦国時代|保存食・献上品としてのなまこ

平安時代に入ると、なまこは朝廷への貢納品(こうのうひん)として記録に登場するようになります。

『延喜式』(927年)には、各地から朝廷に納められる海産物のリストになまこの名前が見られ、すでに貴重な食材として扱われていたことがわかります。

中世になると、なまこの加工技術が発達しました。

特に重要だったのが干しなまこ(いりこ)の製法です。

新鮮ななまこの内臓を取り除き、煮てから天日で干し上げるこの製法により、長期保存が可能になりました。

干しなまこは軽量で腐りにくいため、山間部や内陸部への流通にも適していました。

戦国時代には、なまこは各地の大名への献上品としても珍重されていたと伝えられています。

保存がきく干しなまこは、戦場への携行食としても利用された可能性が指摘されています。

また、なまこの内臓を塩漬けにした「このわた」も、この時代にはすでに高級珍味として認知されていました。

このわたは、現在でも日本三大珍味の一つとして数えられる逸品です。

江戸時代の「俵物三品」|なまこが支えた日中貿易

なまこの歴史において、最も華やかな時代が江戸時代です。

当時、幕府は長崎を通じた中国(清)との貿易を管理しており、その交易品として干しなまこが極めて重要な役割を果たしていました。

俵物三品とは

江戸幕府が中国への主要輸出品と定めた「俵物三品(たわらものさんぴん)」は、以下の三つです。

  • 干しなまこ(いりこ) ── 中国で「海参(ハイシェン)」として高値で取引
  • 干しアワビ ── 広東料理の高級食材として需要が高い
  • フカヒレ ── 宴席料理の代表的な食材

幕府は金銀の海外流出を防ぐため、貿易決済にこれらの海産物を充てる政策をとりました。つまり、干しなまこは事実上の「通貨」として機能していたのです。

なまこ漁がもたらした地域経済

俵物三品の需要が高まると、日本各地でなまこ漁が活発化しました。

瀬戸内海沿岸はもちろん、北海道(蝦夷地)や三陸海岸でも盛んになまこが漁獲され、干しなまこの加工場が各地に設けられました。

こうした産業は地域の経済を潤し、漁村の発展に大きく貢献しました。

特に瀬戸内海では、穏やかな海流となまこの生育に適した環境が重なり、良質ななまこの産地として知られるようになりました。

この伝統は現在の瀬戸内海産天然なまこにも受け継がれています。

また、干しなまこの副産物として生まれた「このわた」や、卵巣を干した「ほしこ(バチコ)」も、江戸時代を通じて珍味としての地位を確立していきました。

明治から現代へ|なまこ食文化の継承と変化

明治維新以降、日中貿易の構造が大きく変化し、俵物三品としてのなまこの輸出は次第に衰退していきました。

しかし、国内での食文化としてのなまこは、そのまま受け継がれていきます。

正月料理としてのなまこ

現在でも、なまこはおせち料理や正月の食卓に欠かせない食材として親しまれています。

特に西日本では、年末年始になまこの酢の物が食卓に並ぶ家庭が多く見られます。

これは「新しい年を迎える」という縁起物としての意味合いもあると言われています。

現代のなまこ事情

近年、中国の経済発展に伴い、干しなまこの国際的な需要が再び高まっています。

高級食材「海参(ハイシェン)」への需要は拡大を続けており、日本産の干しなまこは品質の高さから世界市場でも高く評価されています。

一方、国内では漁獲量の減少が課題となっています。

乱獲や海水温の変化により、一部の地域ではなまこ資源の管理が厳格化されています。

持続可能な漁業と資源保全の両立は、なまこ産業が直面する重要なテーマです。

こうした状況のなかで、瀬戸内海のような自然環境に恵まれた産地の役割はますます大きくなっています。

漁師の経験と知識に基づく伝統的な漁法で丁寧に漁獲されたなまこは、品質と持続可能性を両立させた貴重な海産物と言えるでしょう。

なまこの呼び名と漢字|「海鼠」「海参」の由来

なまこは漢字で「海鼠」と書きます。

これは、海底をゆっくり這い回る姿がねずみに見えたことに由来すると言われています。

日本語の「なまこ」の語源については諸説ありますが、「生(なま)の海鼠(こ)」が転じたものとする説が有力です。

一方、中国語では「海参(ハイシェン)」と表記します。

「参」は朝鮮人参の「参」と同じ字で、「海の朝鮮人参」という意味が込められています。

これは、なまこが滋養強壮に優れた食材として古くから珍重されてきたことを物語っています。

英語では「sea cucumber(海のキュウリ)」と呼ばれます。

なまこの細長い体型がキュウリに似ていることから名づけられました。

各国でのなまこの呼び名には、それぞれの文化がなまこをどのように見てきたかが反映されており、比較してみるのも興味深いでしょう。

日本では地域によっても呼び名が異なり、「こ」「なまこ」「まなまこ」など、さまざまな呼称が残っています。

なまこの食べ方ガイドでも触れていますが、赤なまこ・青なまこ・黒なまこなど、体色による呼び分けも日本特有の文化です。

よくある質問

Q. なまこはいつから日本で食べられていたのですか?

文献上の記録としては、712年に成立した『古事記』にまでさかのぼることができます。

実際には、縄文時代や弥生時代から沿岸部の人々がなまこを食用にしていた可能性も指摘されています。

少なくとも1,300年以上の食文化の歴史があると言えるでしょう。

Q. 江戸時代のなまこはどのくらいの価値があったのですか?

江戸時代、干しなまこは「俵物三品」として中国(清)への主要輸出品に指定されていました。

金銀の代わりに貿易決済に使われるほどの価値があり、良質な干しなまこは同じ重さの銀に匹敵するほどの高値で取引されたという記録も残っています。

Q. 現代でもなまこは高級食材なのですか?

はい。

特に中国では干しなまこ「海参」は高級食材としての地位を保っており、品質の高い日本産は国際市場でも高値で取引されています。

国内でも、天然もののなまこやこのわた・ほしこといった加工品は、料亭やお正月の食卓で珍重されています。

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